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(翔企画)信長の賭リプレイ

 最近は忙しい忙しいと言い続けているせいかシミュレーションゲームのプレイができないでいる。ウェブログ的にはネタの大半をシミュレーションゲームに頼っている以上これはかなり大きな問題である。
 と言うわけで我らの集いに参集した者のみが見ることを許されるという「聖典」(リプレイ記録)その名も「WINNER OF THE GAME」からネタを拝借することにする。
 なお、「WINNER OF THE GAME」はプレーヤに対する赤裸々な批判が実名で展開されているが、WEB上ではさすがに拙いのでそういう部分は改訂することにする。
 今回紹介するゲームは99年1月にプレイされた翔企画「信長の賭」だ。SSシリーズの一つとして発売され、発売当時より何度もプレイした。

 

夜遅くから何も考えなくても楽しいゲームはないかといえば、本ゲームにつきる。
世間ではヒットマンvsボディーガードというあだ名が付いているが、紛れもない桶狭間合戦のゲームである。なぜか筆者とTS氏がプレイするとかなりの確率で桶狭間か田楽狭間で今川義元が討ち取られてしまうので、内々では超名ゲームではある。
 もっとも我々の場合、男だったら田楽狭間か桶狭間のコースをとるという男気のある、なおかつ義元の心境までもロールプレイしてしまうという素晴らしい自己努力の賜物なのだ。
 世間ではゲーム雑誌上に発表された織田軍必勝作戦、「織田空挺作戦」なる物があるが、まあ、確かに有効な作戦である。我々は初期のプレイではそんな作戦のあるなしもわからなかったのでただ闇雲に巷に伝えられる織田軍のように大迂回の奇襲の末、勝負を決めるというパターンが多かった。この方法だと、今川義元の討ち取りに主眼をおいているため、ゲームの勝敗は今川方に有利であった。つまり、各地に分散する今川軍が、勝利条件に該当する各拠点を奪取してしまうのだ。そのために、義元を討ち漏らしてしまうとゲームには敗北してしまうのだ。
 ところがこの織田空挺作戦なるものはルールの穴というか配置の裏を付くというか、とにかく織田軍配置ラインぎりぎりに置けるだけのほとんど全兵力を配置し、数的有利で今川本陣を圧倒し、徹底して義元討ち取りに主眼をおいたものだった。
 当然、義元討ち取りの機会は増加し、まさしく桶狭間!と言う展開が現出してしまうのだ。従来からの一般論だった大迂回奇襲説ではなく、正攻法で攻める最近の強襲説が盤上で再現されてしまうのだ。当時の今川軍が信長本隊に関する情報を詳細につかんでいなかったのと同様にゲームでは織田軍はダミーユニットを使用して隠密化を謀っている。
 また、史実を再現?するために移動コストが織田軍に有利となり、信長ユニットの戦闘参加のボーナスや、さらには今川軍最低進出ラインなる物も設定されており嫌でも前進しなくてはならない。なおかつランダムに決定される荒天のイベントでシークエンスまでもが織田軍有利に変更される処置がなされている。
 ゲームは当然のことながら、織田信長や今川義元が戦死してしまうとゲームは終了となる。当然、何も特典のない今川義元は消極的な機動に、特典だらけの織田信長ユニットは隠密性を生かして積極的な機動になってしまう。
  ところがこのゲームでは戦闘解決がサイの目プラス戦力の多い方で勝敗が決するために相手がサイコロ大魔王になってしまうとヤケにブラッディになってしまう。当然のことながら織田信長が発見されようものなら寄って集って追いかけ回すという珍妙なこともある。それでその余波で義元よりも信長の方が先に討ち取られてしまったり、最高に傑作なのは双方同時に相撃ちして討ち取られてしまうとかまさしく、ボディーガードvsヒットマンゲームと言われても仕方ないような展開もあり得るというとてつもなくゲーム性が高いゲームである。
 プレイ開始
 前回は両者とも今川義元でプレイした時には、必ず田楽狭間か桶狭間で討ち取られていた。「なんとヒストリカルな!!」と二人興奮していたが、今回もサイド・バイ・サイドでプレイをした。今回は面白い方の一戦を取り上げる。
 筆者が今川軍である。TS氏は当然織田軍だ。一年ぶりの対戦であるので、記憶が薄らいでいる。 筆者は取りあえず最低進出ラインを脱しなくてはならないので、直線的な機動となった。TS氏はほとんど織田空挺部隊の策で我が義元の首のみを狙っているようだ。
 もっとも彼が今川最低進出ライン際に自軍ユニットを大量に並べるのを見て初めてこの策があったのを思い出すという、誠に情けない今川軍であった。
 我が今川軍の目標は、盤上の勝利得点に絡む要衝を奪取し、今川義元を最低進出ラインから脱し、安全な防御力の高い城に収めるというものである。
 織田軍はその兵力の少なさから戦力の隠匿をするために、ダミーマーカーシステムを用いている。それによって盤上を見る限りでは同兵力で展開しているように見える。ダミーのせいで、織田軍の意図はわからなく、そして疑念が盤上を支配する。
  
肉薄する織田
 TS氏織田軍は山から転げ落ちるようにやってきた。いや、まさしくこの形容が正しいと言えるのは織田軍の山岳地帯でのコスト差が故だろう。我が今川軍の予想を遙かに超えた機動力で遮二無二突進してくる。
 「は、早い!疾風のようだ!」なんてK氏がよく口にする銀英伝ネタを言いそうになったが、アンチKSの筆者としては金髪小僧の物語から引用するより、スターシップトルーパーで前線基地に大挙して攻め寄せてくるアラクニドのような強烈な絶望感が襲った。
 桶狭間は数的有利な今川軍が、織田軍に間隙を縫って本陣に強襲を掛けられたために混乱して今川義元が討ち取られたと思っていたが、どうやら違うらしい。明らかに待ち伏せを喰らっている。これは完全に罠だ。
 気が付けば、もう義元側近の護衛部隊にとりついている織田軍がいる。護衛部隊とは言え、交通渋滞での後退不可による除去を考慮して輪形陣はかなり大きくなっている。
 しかしこれが破られると義元ユニットまで何の抵抗もない。言ってみれば最初で最後の防衛ラインでもあるわけだ。かといってこの防衛ラインが完全に敵ユニットの進入を防げるか?というと全く信頼が置けない。あまりに不確定要素が多いのだ。
 考えられる最悪のパターンとは輪形陣が破られ、我が今川軍の行動が大きく阻害される豪雨ターン、およびその次のターンに輪形陣内に入ってきた敵軍が織田信長ユニットで、有利な修正を背景に今川義元を討ち取るという、織田側プレーヤーにとっては最も最高の終わり方でゲームを閉めるというものである。
 もっともこんな終わり方をされれば今川方にとって見ればまさしく屈辱であり、悔しくはないが年頭からこんな負け方をしていたのでは先が思いやられる。今年の幸先を決める上でもみっともない負け方はできない。

最低進出戦を脱出せよ
 御大将のために命を献上するのは、武士としてもっとも名誉なことだとも言う。しかし、御大将が有能ならいざ知らず、ただのボンクラなら?
 今川義元は徳川家康が現れるまで東海一の弓取りだったという。武田信玄、北条氏康と並び称されるこの東国の将は前者二人と比べて些か野戦能力では落ちるのではないか?と思うもは何も筆者だけではなかろう。
 超有力な大将でありながらアッと言う間に討ち取られたのは私の知るところでは陶晴賢と龍造寺晴信、そしてこの今川義元しか知らない。
 本当に戦闘能力でどうかは別にして龍造寺と陶は同じ臭いがするのに対して、今川義元だけ何か明らかにカラーが違う。これは血筋というもののせいであろうか。
 さて、プレイの方は輪形陣にとりつかれた筆者今川軍はいかなる対策を立てたか?
輪形陣の諸将は、まるで義元の頼りなさを証明するかの如くポンポン戦死していく。もう一寸ねばらんかいとも思ったが、勇将の下に弱卒なしである。裏返せば無能の下には無能である。やはり世評通りの大将にならざるをえないのか。
 筆者今川義元は意外にも戦国合戦史に明るいことがこの危急の場を救ったと言えよう。
 筆者が考えた今川義元を救う方法とは?大挙して攻め立てる敵軍に対しいかなる策をもって御大将を護衛するか?
 その回答は関ヶ原合戦に隠されていた。
 関ヶ原といえば小早川秀秋の裏切りから始まった大どんでん返しは、誰が見ても優勢なはずだった西軍を瓦解させ、東軍の勝利を保証した。
 その中のエピソードとして進退窮まった島津義弘主従はなんと後退ならぬ前退を開始、護衛の将士は大将の義弘を守るため一部の将兵を次々に置き去りにし、時間を稼ぐという戦法をもって見事退却に成功した。この非情なる残置戦術を薩摩では「捨てかまり」というらしい。名前があるぐらいだろうからきわめて一般的な戦術なのだろうし、薩摩の将兵にも当然のものとして考えられていたのであろうか?
 筆者はこの「捨てかまり」を採用することにした。非情ではあるが今川義元が死んでしまうよりは遙かにましである。

何か討ち取られた武将多くない?
 選択した戦術は捨てかまり。この際この戦術が薩摩産であるとか、東海の今川家が何故そんな戦術を使うかなどと言う疑問はこの際無しである。何が何でも今川御大将を生存させなければならない。
 迫りくる織田奇襲部隊に対して、我が今川軍はあたかも切り離しロケットが2段3段と切り離していくように次々と残置部隊を置いてゆく。切り離しロケットならば切り離して行くに従って身軽になって推進力が増すというものだが、足軽主体の今川軍にそんなことを望んではならない。
 残置されていく武将の気持ちはさておき、何故か有効に戦闘しているはずだが、次々と消えているような気がする。まあ大殿様が助かればいいし許容損害というものである。後になってみれば笑って済ませられるはずだ。それに最低進出ラインは超えられることだし...
 ふと気が付くとマップ端にある全滅したユニット置き場を見ると戦死者の数が莫大に増えているような、そんなおぞましい光景が私の目に映った。普段なら思い出さない何でもない勝利条件の一項目を思い出してしまった。
確かアレは「半数のユニットを喪失した側は敗北する。」だったはずだ。
 ルールブックを確認しよう。
 確かにそう書いてある。
 ユニットの数を数えよう。
 喪失したユニットの数を数えよう。
 もう一度喪失したユニットの数を数えよう。
 半分以上だ。
 アレやっぱり、負け?

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