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パシフィック・ウォーの陸上ユニット(レイテ・フィリピン戦編)

 前回の開戦編に引き続き、レイテ・フィリピン戦編をお送りする。

 前回の記事は大して人気を博さないかと思ったら、じわじわっと人気記事ランキングを上昇している記事である。2匹目のドジョウというわけではないが、開戦編と銘打ったからには続編を作成し無ければならない。 

 レイテ・フィリピン戦は捷号作戦なる決戦を想定されて戦力集中が行われ、陸海軍ともに兵力・人選・投入資材など並々ならぬ努力が払われ、戦局挽回を図ったが、衰勢甚だしい日本軍はすでにその力はなく、途方もない一大消耗戦となってしまった。レイテ・フィリピン戦で日本軍の敗勢は明らかなものとなってしまうが、戦い自体は終戦を迎えるまで続き、莫大な犠牲と引き替えに米軍兵力をこの地に吸引した。

 陸海軍の決戦の推移は紙面の都合で割愛するが、今回のテーマは本キャンペーンで投入されている陸軍部隊がどのように評価されているか確認する目的がある。前回、京都師団である第16師団を中心に他の地方の師団がどのように評価されていて、その相対的なものとして関西の師団は評価が低いことがわかった。
 今回も同じ第16師団を中心に、レイテ決戦・ルソン決戦で戦われた各師団の評価を見てみたい。レイテ・ルソン戦区を統括する第14方面軍はマレーの虎で有名な山下奉文大将が司令官として赴任し、上級司令部である南方総軍や大本営と時としては対立しながら現実的な作戦指導を行った。
 レイテ・ルソン戦区はその他の戦区とは違い、投入される戦力はバラエティに富み、OB(戦闘序列)マニアや兵器マニアにとっても興味深い戦線となっている。それは投入された部隊を見ても明らかであり、例えば戦車第2師団などの機甲兵力が集中的に投入されたり、挺身集団と称した落下傘・グライダー兵が大規模に派遣されたり、海上挺身隊なる海上特攻部隊が大々的に編成されたのもこの戦線の特徴と言える。

 まず順番はレイテ決戦から。
 台湾沖港空戦の誤認から生まれたとも言える本決戦は、途方もない勘違いから陸海軍ともに大打撃を受け後のルソン決戦に支障をきたすほどであった。
第16師団(通称号:垣 編成地:京都 補充担任:京都)
16  レイテ島には第16師団が守備していた。この師団は開戦のルソン侵攻で打撃を受けたがその後はゲリラの討伐などの占領地の警備任務に投入され、レイテ作戦まで大規模な作戦に投入されていない。
 開戦編で既に紹介済みであるが、その能力は士気値-ステップ数5-12で開戦時の侵攻兵団の中では平均より下ぐらいの能力の師団と評されていた。
 レイテ島では沿岸部での抵抗を試み米軍4個師団の猛攻を受け損害続出し、3人の連隊長と師団長を失って壊滅した。
 果たしてその他の師団はどうであろうか。

第30師団通称号:豹 編成地:平壌 補充担任:平壌)
30  朝鮮半島で編制された師団。朝鮮半島と内地にに居住する日本人を徴兵して編制された。編制内にはニューギニアで戦う歩兵第41聯 隊(福山)があったために編制完結が遅れた。フィリピンに派遣予定の師団がニューギニアに派遣されてしまったため、代わりにフィリピンへ派遣されること になった。レイテ決戦には歩兵第41聯隊を中心に4個大隊を分遣し参戦。本隊はミンダナオ島で米軍の侵攻を受け防戦一方となった。
 なお能力は3-13で、第16師団よりステップ数で勝るが士気では劣るという結果になっている。

第1師団(通称号:玉 編成地:東京 補充担任:東京)
Photo  陸軍の頭号師団としてその歴史と精鋭を誇った。満州の地でソ連軍と対峙していた が、レイテ決戦のため南方へ転出した。制空権・制海権を奪われた状況でありながら、奇跡的に師団全力の上陸に成功し、リモン峠の戦いという峠を巡る戦いで 米軍の前進を阻止し、激戦を繰り広げ、日本陸軍の精鋭度を米軍に見せつけた。最終的にはリモン峠を米軍に明け渡し、セブ島へと脱出した。
 能力は5-11で、思ったほど高くない。第16師団と比べると士気では同じだが、ステップ数では逆に少ないという結果に少し驚いた。やはりレイテ戦以前に連合軍と戦っていないのが原因だろうか。

第26師団(通称号:泉 編成地:華北 補充担任:名古屋)
26  この師団は中国華北で警備に付いていた独立混成旅団を改編し、師団としたも のであるが、大抵の独混旅団改編の師団は歩兵連隊をもたず、独立歩兵大隊で師団を構成するが、本師団は独立歩兵聯隊という部隊をもつ3個聯隊編成である。 また日本で初めて編成された3個聯隊師団でもあった。
 師団は駐蒙軍からフィリピンへ派遣され当初ルソン島に進駐していたが、レイテ決戦で海輸さ れ参戦した。師団主力は輸送途中に米軍の攻撃を受け海没し、装備の大半を失うという状態でブラウエン飛行場奪回の「和号作戦」に参加したりなどと戦力を喪 失した第16師団とともに戦った。
 その能力は4-10と第16師団より士気値、ステップ数が劣るが、同じ独混上がりの師団に比べると中国での戦闘経験があるためか高めに設定されている。

第100師団(通称号:拠 編成地:現地 補充担任:名古屋)
100  この師団は現地の警備用の独立混成旅団を改編し師団化したもの。この師団はレイテ決戦に参加していないが、第30師団とともにミンダナオ島を警備し、米軍上陸後には次第に圧迫され終戦を迎えた。
 そんな関係もあって能力は2-8と言う恐ろしく低評価の部隊となっている。


第102師団(通称号:抜 編成地:現地 補充担任:熊本)
102  この師団も現地の警備用の独立混成旅団を改編し師団化したもの。この師団はレイテ決戦に2個大隊および砲兵部隊を参加させた。師団主力は第1師団とともにセブ島を含む
ビザヤ諸島を守備していたが、セブ島を攻める米軍の前に第1師団とともに後退を重ねた。
 師団の能力は2-10という評価である。

 レイテ決戦を主導した第35軍司令部麾下の師団は以上の通りであった。上記師団の中には本隊と分離してルソンで戦う部隊もあり、一概に師団の評価 =所属部隊の評価という風には行かない。また、本ゲームには独立混成旅団などはユニット化されておらず、今回の紹介からは外した。

 さて、レイテ決戦に失敗した陸軍はさらなる決戦を夢想する。ルソン決戦だ。しかしレイテにおいて消耗し、かつ戦局挽回の見込みが乏しいと判断し、決戦指向ではなく持久戦指向の戦いとなる。
 さてルソン戦では上記師団以外にどんな師団が戦ったのであろうか?

 北部ルソン・中部ルソン・南部ルソンの3地区に分けそれぞれ尚武・建武・振武というグループに分けで拠点防御をとり持久戦を展開するはずであっ た。中南部は第41軍という部隊が編成され、陸海軍10万人の兵力を持つ部隊であったが、その内実は歩兵師団1個に後方部隊・航空部隊の寄せ集めであり、 反撃もままならないことから持久戦を展開した。
 なお、この戦区はマニラを含み捕虜収容所奪還作戦を描いた著作(映画化)があり、米軍視点で見ると面白い戦線である。また米軍の上陸作戦、空挺作戦なども行われており、調べれば調べるほど広大なフィリピン戦線を実感できる。

第8師団(通称号:杉 編成地:弘前 補充担任:弘前)
8  八甲田山の悲劇で有名な東北4県の師団である。黒溝台会戦以降の古豪として各戦争に参加した。
 フィリピン戦では歩兵第5聯隊基幹の高階支隊をレイテに派遣しし壊滅したが、本隊は第41軍麾下の主力として戦った。
 そんなこともあり1桁師団という事で期待したが、能力は4-12と第16師団と比べて士気値のみ劣るという結果になった。

 第41軍指揮下の師団となると以上であるが、その他の師団はどうかというと実は方面軍直轄として動いていた。以降は方面軍直轄=尚武集団に所属する師団である。

第10師団(通称号:鉄 編成地:姫路 補充担任:姫路)
10  久しぶりの関西の師団である。関西の師団と行っても純粋な関西の師団ではなく、兵庫県の兵だけでなく岡山や島根の中国地方の兵が大部分を占めるので、微妙に中国地方の師団である。
 日露戦争からの古豪であり、満州事変・日中戦争に参戦し、満州で進駐を続けていたが、ルソン島へ送り込まれた。尚武兵団の中核部隊としてバレテ峠、サラクサク峠などと米軍と激闘を演じたが、ほぼ壊滅的な打撃を受けて終戦を迎えた。
 第8師団と同じく本師団のレーティングも4-12で歴戦の師団でありながらなかなか手厳しい評価かもしれない。

第19師団(通称号:虎 編成地:羅南 補充担任:羅南)
19  
第30師団と並んで朝鮮半島で編成された師団である。なお補充担任は編成地と同じ羅南であるが、内地から送られたと言われる。
 本師団は朝鮮半島警備を目的に編制された師団で、満州事変に参加しまた張鼓峰事件での師団長独断によるソ連軍攻撃が有名である。
 なお、ルソン戦では米軍の上陸の矢面に立たされ、米軍の圧迫を受けつつ持久戦となった。
 評価は4-12と第8、第10師団とも引けをとっていない。

第23師団(通称号:旭 編成地:熊本 補充担任:熊本) 
23  第23師団と言えばノモンハンで超有名である。ノモンハンの後に再建され、満州に進駐し続けたが、台湾、次いでルソンに進出が決まり転出した。
 この師団も海輸中に米軍の攻撃を受け歩兵連隊と砲兵部隊の一部が海没しており、戦力を失っていたが、リンガエン湾での防御戦等の後、山岳地帯に後退し終戦を迎えた。
 評価は3-13で第30師団と同じ評価であるが、他の古豪に比べ一足先に近代戦を体験しているがそこを考えると低評価と言える。

第103師団(通称号:駿 編成地:現地 補充担任:熊本)
103 独立混成旅団からの改編組で、編制内に歩兵聯隊を含まない。ルソンではおおむね北部の守りについていたが、米軍の北上と空挺部隊の降下により苦戦した。
 米軍の攻勢と飢餓とマラリアに悩まされるという南方部隊の典型的なパターンで山中で持久戦を展開し終戦を迎えた。
 評価は2-9と低く第100師団より少しマシといった感じである。

第105師団(通称号:勤 編成地:現地 補充担任:広島)
105  独立混成旅団からの改編組で、編制内に歩兵聯隊を含まない。 当初は第41軍指揮下で南部ルソンで戦っていたが、独立歩兵連隊を編入され北上し第13師団とともにカガヤンの戦いで敗北し、山中での持久戦へ移り終戦を 迎えた。元からの独立歩兵大隊は第41軍の指揮下で戦い終戦まで持久戦を戦った。
 評価は2-9と第103師団と同じである。

 以上がユニット化されてる師団である。師団・師団規模でありながらユニット化されなかった部隊もあり、特に戦車第2師団や第1挺身集団は麾下の部隊が旅団規模でユニット化されているが、師団としてはそれとは明示されていない。

 さて、開戦時と違い膨大な消耗の前に編成が一貫しなくなったので補充担任を中心に地域別に分類してみると

〈東北〉

第8師団(編成地:弘前 補充担任:弘前)4-12

〈関東〉

第1師団(編成地:東京 補充担任:東京)5-11

〈東海〉

第26師団(編成地:華北 補充担任:名古屋)4-10

第100師団(編成地:現地 補充担任:名古屋)2-8

〈中国〉

第105師団(編成地:現地 補充担任:広島)2-9

〈関西〉

第16師団(編成地:京都 補充担任:京都)5-12

第10師団(編成地:姫路 補充担任:姫路)4-12

〈九州〉

第23師団(編成地:熊本 補充担任:熊本)3-13

第102師団(編成地:現地 補充担任:熊本)2-10

第103師団(編成地:現地 補充担任:熊本)2-9

〈その他〉

第19師団(編成地:羅南 補充担任:羅南)4-12

第30師団(編成地:平壌 補充担任:平壌)3-13

という感じになる。以上の傾向からは本ゲームのこの戦線では関西の師団は弱くはなくむしろ強い方だという事がわかった。関西出身としては嬉しいレーティングだ。また開戦時にはあれほど強力であった九州の師団が平均 以下であったことと、現地編成の師団は治安用の警備師団という事もあって軒並み低評価であった。日露戦争から参戦しているような古豪の師団があまり評価さ れていないのは、やはり、英米軍主体の連合軍と戦ったことがないと言うことに起因しているのではないだろうか?

 その中でも第1師団だけはわりかし評価が高いのはリモン峠で勇名を馳せたという事もあって、それまで米英軍と戦ったことが無くても1.2を争う優良な師団として評価されたのであろう。

 さて、優良な師団が数多く参戦しているはずのレイテ・ルソン決戦でこのような状態であれば別の戦域ではどのような感じであったのか興味深いものがある。

 次回は他戦域に移るが、本記事が人気があった場合アップすることとする。

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コメント

もりつちさまこんばんは!
 なかなか1個のゲームの掘り下げ記事が最近見なくなって久しいので自分で書いてしまいました。
 ところで第8師団ですが、おそらくは1個聯隊を欠き、ほぼ単独でマニラ東方の山塊で防御戦闘に任じていたので評価につながらなかったのでしょう。この師団は日露戦争時から新規の聯隊が加わっていないのでそれなりに伝統を有する優良な師団であることには間違いないと思います。
 第8師団と言えば立見師団ですが、その隣の秋山支隊には歩兵第9聯隊(京都、当時は大津)が配属されていました。僕的にはこっちに注目です。第16師団は日露戦争後に編制されたので師団としては参戦していませんが、構成される聯隊はそれぞれ第4師団と第10師団から抽出されているので師団としてはそれほどでも個々の聯隊としてはそこそこ良い線行っているのではと思います。まあ郷土愛という事で...

こんにちは。
楽しく読ませていただきました。
こういう比較記事は楽しいですね。
参考になります。

第8師団の評価が低いのは意外です。
私も日露戦争のイメージが強いので、もう少し強くても良いかも、という気がします。マークハーマン氏にとってはどーでも良い話なのかも知れませんが。
第16師団は逆に「意外と評価が高いかな」という気がしました。
PACIFIC WARの場合、日本軍の最高練度は確か「7」だったように記憶しているので、練度「5」といえばそれなりに「使える」印象があります。

錦大帝様
 はじめまして。
 そうですね、まだ聯隊ごとの個性が花開く以前の時代の評価ですからね。酷な話です。関西をはじめとして都市部の兵隊が弱いというのは、ある一面の評価で地方の師団に比べ合理的に戦うとする評もあります。ある一時期の価値判断が数十年以上も呪縛してしまう事へ後世の我々が多角的に物事を見て再評価しなければならないと思います。
 本ゲームはそう言う呪縛からほど遠いアメリカ人の評価ですから妙に面白いなあと感じました。
 続編はうーむ。師団数とユニット化の兼ね合いからまずはインパール以降のビルマですかね。その次はニューギニアかな。第6師団とかも語りたいのでソロモン編なんてのも書くかもしれませんね。沖縄は第62師団が京都の師団ですのでいずれふれることがあるかもしれません。
いやー自分で書いていて夢がふくらみますね(笑)  

 今後とも弊ブログをよろしくお願いいたします。

はじめましてこんばんわ。
Game Apesさんからのリンクを辿って来ました。
先の開戦編も併せ、興味深く一気に読んでしまいました。
戦略級で恐らく唯一、日本陸軍師団が番号付きで扱われている「Pacific War」のユニットを用い、太平洋戦線の各参加師団を紹介されるとは面白いですね。

関西の部隊が弱いと言うのは、西南戦争初期のごく一部の戦闘だけをみて定着してしまった、いわば「言い掛かり」(俗謡で、「又も負けたか第八連隊。これでは勲章九連隊」…と言われるものですね)だと個人的には考えています。
同じ西南戦争初期には、熊本第十四連隊や、その他の地域の連隊も結構派手に負けてますからね。
(重ねて言えば、第八連隊はその後薩軍相手に奮闘し、明治天皇から賞賛の言葉を受けていると言う話です)

それでは、これからも同企画で、「沖縄戦編」や「ニューギニア戦編」、「サイパン戦編」「硫黄島戦」等々を書かれるのを楽しみにしています(笑)

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