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11月の戦い2009(その1)

 前回の会合で関ヶ原戦役をプレイし、11月に行われる高名なる「関ヶ原で関ヶ原会」でのプレイされるであるゲームのインスト/演習を行った。関ヶ原を扱うゲームは数多く、どのゲームがプレイされるかわからないが、とりあえず最近に発行されたゲームは押さえておこうという魂胆である。
 最近発行された関ヶ原のゲームと言えば....

  • 関ヶ原戦役(国通)
  • 関ヶ原大作戦(GJ)
  • 入札級関ヶ原(GJ)
  • 関ヶ原強襲(GJ)
  • 天下強奪(CMJ)

等々があげられるだろう。おおよそこれらのゲームを押さえておければそのゲーム会ではあぶれることはないだろう。
 もちろん関ヶ原と言えば過去に以下の作品も発表されている。

  • 決戦!関ヶ原(CMJ)"Shogun Triumphant"
  • Samurai(GMT)
  • 戦略級関ヶ原(GJ)
  • 関ヶ原(SSG)
  • 戦国のいちばん長い日(TU)
  • 激闘関ヶ原(TU)

 他にエポックのEWE、バンダイとかアドテクノスさらには同人レベルでも数件の作品が発表されているが、全てを羅列しても仕方ないのでここで打ち止める。今まであげたゲーム全ての内どれぐらいプレイできたりプレイされるかわからないが、関ヶ原だけでも十二分に楽しめるだけの質と量はあるようだ。    
 と、言うわけで「プレイできる」ゲームを増やすためにも、夏よりずーっと関ヶ原のゲームをプレイしD-DAYに備えるわけだ。なんと言っても、もりつち氏やこかど氏などの手練れが参加するとあってはプレイできる幅は広げておかなければならない。

 今回も関ヶ原のゲームを続けてプレイした。今回は以下の2題である。前者は前回プレイした国際通信社の関ヶ原戦役の対抗馬であり、ソロのできる関ヶ原という鳴り物入りの作品だ。また後者は過去にプレイしたことがあったが、その時よりあまり良い印象を持っていなかったがプレイに間違いがあったために仕切り直しとして再プレイすることにした。
 しかし後者の方は時間が足りず、さらにルール間違いがまたもや発覚したので途中で切り上げた。

  • 関ヶ原大作戦
  • 戦略級関ヶ原
 

関ヶ原大作戦(GJ32)
 次に関ヶ原はカードを利用した関ヶ原とあった。カードを利用しているとあってカードドリブンかと思ったが、そうではなくカードアクティベーションシステムというかカードをめくって行動できる勢力が決定されるもの。なんだチットドリブンとか言われるかもしれないが、勢力を行動させるほかに政治的な状況を左右するカードもあり、勢力をアクティブにするだけではないのが特徴的だ。
 その為、非常にソロプレイしやすい作品となっているようだ。カードドリブンであれば敵方のカードを知ることは興を削ぐが、このゲームのカードには敵方に秘密にしたり、プロテクトしたりするカードが無く開示されるカードばかりであるのでソロプレイ可能となっている。つまりカードをめくりその結果を盤上に反映するだけなのだ。
 カードでは機動する勢力の決定だったり、かの勢力への影響力を与えることだったりする。カードであるゆえにチットと同じく順番がランダム化され、カードの指示内容はユニットの移動ないしはイベントとして処理するかの択一であるのでカードドリブンのようなテイストも味わえるが、カードドリブンのようにカードをプロテクトしてここぞと言う時にイベント発動できるようにはなっていないので、どちらかというと選択肢のあるチット引きゲームというような感じである。

 プレイでは大垣城に籠もる石田隊をはじめとする西軍主力に合流せんと各地から馳せ参じる西軍、あるいは上杉征伐から踵を返して西上する東軍という形勢から始まる。

 

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東軍は有力な先遣隊をはじめとして、家康率いる本隊、秀忠の率いる支隊(徳川的にはこっちが本隊)を矢継ぎ早に前進させ、西軍の各地に分散する部隊が大垣城近辺に集結する前に先制して攻撃し、西軍を逐次撃破しようというのが王道的な狙い。

 対して西軍は、各地に散在する有力な諸隊がそれぞれが各抵抗拠点なり勢力を早急に叩き潰し、想定する決戦ラインに兵力を集中するというのが大まかな構想と言えるだろう。

 東軍を担当するK氏もそのような構想に沿って行動しているのであろう。東軍先遣部隊の黒田とか福島隊等を前進させ大垣城へ向かって前進する。

 川を渡るのは渡河点である箇所でしか渡河できないので行軍経路は決まってしまったようなものである。ダイレクトに大垣城前面に躍り出るか、大回りで接近するかである。

 その間にも西軍側の城塞は存在するが、その攻略を同時に進めなくてはならない。あまりモタモタすると大垣城に西軍諸隊の集結を許してしまうことになる。

 東軍の西軍に比べて優位な点はカードによって機動できる勢力が2隊同時というものがあり、西軍に比べて勢力の選択肢は狭まるが交互躍進など大胆な機動が可能となっている。

 カードの巡りはランダムなのは当然なので、東軍→西軍などのように交互に来ることもあれば東軍→東軍という風に連続したりすることもあり、次にカードをめくってくるのが何かわからない(最後の方やカウントしたらわかるけど)のはスリリングだ。

 展開としては石田隊の籠もる大垣城に取り付いたもののカードの巡りで次々と先制攻撃を浴び目的を達せない東軍諸将。

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「わけわからん」

「意味わからん」

「なんでやねん」

思うように動いてくれないのに対し、いいタイミングで差し込まれる西軍の行動にK氏は怒り心頭で五里霧中三連発を叫んでいる。

 普通の戦闘ではカードで一方的にしか発生しないものだが、城攻めに関しては城方の防御射撃があり、さらにはダイス修正までもが付くという代物だ。それによって先に一方的に叩かれ、更に自分が攻める段にはもう一回防御射撃として叩かれるという悪循環が続いた。

 そう言うのが何回か続くと怒り心頭である。当然タブーの4wordレターなんぞ叫びたくなるというのが人情だ。

 そうこうしている間に西軍の戦力が集中できたかといえば怪しい状況だ。毛利元康は史実と同じく大津で足止め、小野木公郷に至っては攻めているんだかどうだか怪しい状況だ。

 政治的な状況は西軍諸将の参戦度はちょっとずつ上がっているとは言え、東軍の家康・秀忠両隊の増援がまもなく盤上に登場しそうな状況である。東軍諸隊だけなら連携を突いて何とかなるかもしれないが、東軍ナンバーワンの家康や強力な徳川軍団を従えた秀忠が参陣するようになると、西軍としては毛利輝元をはじめとする毛利諸隊の本格参入が必要となり、豊臣秀頼の出馬が必要となる。

 大垣城の背後には旗幟鮮明ではない吉川、小早川隊が控えているが、西軍諸隊の参戦度が西軍とならない限りは動かしたくても動かせない。

 そうこうしていると徳川家康がハイスタックとなって街道沿いに現れてきた。こちらは前田利長を越前に押し込めた大谷隊が全力で関ヶ原を越えようとしていた。毛利元康は大津城の攻略にようやく明るい兆しが見え、小野木隊は先行き不明、中立の吉川、小早川、長宗我部氏は動かぬまま時間だけが過ぎてゆく。

 こうなると石田隊を含むコアメンバーの西軍が孤立しかねない状況だ。いつ石田隊など西軍中核派を決戦後に集結させ、どのように東軍の西進を防ぐのかということがテーマとなってくる。

 西軍は中立派武将への働きかけによって戦力比の挽回を図りたい所だが、同じように東軍がその試みに妨害を仕掛けてくるだろう。さらには史実に見られたように思いも依らない武将が踵を返して裏切るやもしれない。

 と、なると西軍は決戦による東軍の打倒を目指すより時間稼ぎによる状況の変化を待った方が良いように思われた。

 徳川家康のハイスタックが大垣城へ近づいてきた。しかしカードの巡りで単独の行動だ。他の西軍先鋒は士気別に動いているので、ペア単位で大垣城に接敵し先制して攻撃を受けその傷を癒すために北の山塊で待機している。南から回り込んでと言う手もあるが、宇喜多隊が妨害するように陣を張り目を光らせている。東軍は北から回り込みたい所だが、一直線に配置される西軍並びに西軍よりの軍勢に四苦八苦。

 そこへ北陸からやって来た大谷隊が近づいてきた。ステップロスで次に攻撃されれば全滅する部隊も出てくるという状況だ。そこに精強でなる大谷隊が攻撃することで戦果を拡張しようと目論んだ。更には南の宇喜多、中央の石田、北の大谷という風に連結し、防波堤のように東軍の西進を防いで反撃を伺う体勢を築くと言う目論みもあった。

 しかし今まで大垣城でいいようにやられていた東軍が、攻守の場を替え接敵してきた大谷隊に先制して波状攻撃をかけ、あっと言う間に大谷隊を葬り去ってしまった。

「そ、そんなアホな!」

 筆者が呟いた所で失われた兵力は貴重な戦力であった。大谷隊の崩壊とともにもしかしたらこの戦いは西軍が持久して競り勝つかもという所から、ジリ貧への道を辿りはじめるファンファーレだったのかもしれない。

 大垣城を起点とした東の防壁が北側から崩れてきた。東軍諸隊は北側から浸透し、関ヶ原を越えようと画策する。しかし吉川、小早川がどっちに転がるというか西軍寄りである以上あまりの深入りは大火傷の元だろう。

 徳川家康のハイスタックが大垣城に接してきた!

 西軍が集結しない間に一気に突破を図る東軍は大垣城を攻めるため接してきた。運良く石田隊が先制して攻撃し、徳川家康本隊に痛撃を与える。先ほどから繰り返される後継が再現したが、いつまでもこの地にいることは危険だ。深みにはまると抜け出せなくなってしまう。

 南の宇喜多隊、近江の毛利隊も攻略を終えて決戦場へと向かっている。家康が関ヶ原を突破する前にかの地へ追求し食い止めなければならない。

 大垣城の攻略に業を煮やした東軍は大垣城を後続の部隊に任せ迂回機動を開始した。東軍がまず動き始めた。

 大垣を離れた家康は休憩を挟み、吉川広家隊及び毛利隊の籠もる地へ隣接し、事もあろうに以下のように一喝した。

「味方にならんかい!!コラ!」 

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 恫喝である。ルールにもあるが実行する閾は低いが失敗した時のリスクが大きいのが「恫喝」で成功すれば調略と同じ効果がある。

 徳川家康の隣接する吉川広家に対し行われた恫喝チェックはルールにより調略トラック上のどの場所にマーカーがあろうとも実施できるので西軍寄りで参戦寸前だった吉川氏に向けられた。家康本人の恫喝であるので4以下で成功ということだが果たして!

振られた賽の目は4以下!

 賭に勝ちよった~

 吉川広家は東軍へと旗印を替え、スタック内にあった西軍の毛利隊は除去された。一気に形勢逆転し、黒田隊が関ヶ原へと浸透しだしたので宇喜多隊を対応させて追求させた。

 もはや西軍は如何に負けない戦いをするかということに考えをシフトすることになる。

 徳川家康は大垣城を無視するように迂回し、関ヶ原を突破せんと突進を開始した。途中宇喜多隊が必死の抵抗を試みるも黒田隊等の挟み撃ちに会い無念の討ち死に。

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 こうなると西軍の崩壊は防ぎようが無く、東軍の勢いはとどまることを知らない。ある一隊は敦賀城を落とし、家康は佐和山城を陥落させた。後続の東軍は大垣城を落とし小早川も調略を試みたがこれのみ失敗し、東軍の大勝利で終わることになった。

 

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