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1月の戦い(2010年)

 最近は他のコミュニケーションサイトに入り浸っているせいもあって、どうもウォーゲーム関連がおろそかになりがちだ。
 1月は今までなら恒例の年始のゲーム会ができなかったが、それでも例年と同じぐらいの隔週でゲームがプレイできた。多くのプレーヤーはそれ以上のプレイをする人もいれば、逆にそれ以下あるいは全くという人も多いらしい。
 よく話される事ではあるが、ウォーゲーマーの総数を話題とする場合、昔からとある数値がまことしやかに語られそのうち何人がアクティブだという風に語られることが多い。その時に語られるのはウォーゲーマーの数は思ったより多い、しかし常にプレイしているなどアクティブなプレーヤーは少ないと言うもので、アクティブなプレーヤーの数を増やすだけでもこの界隈は変化があるかなっと言う意見もある。
 筆者は一応アクティブな方に属しているらしいが、さほどこの界隈に影響力があるわけでもなく、マイペースで我が道を行っている。
 と言うわけで本年最初の月のプレイをダイジェストでお送りする。

 今月プレイしたのは以下のゲームだ。

  • 戦略級関ヶ原(GJ)
  • 文禄朝鮮の役(GJ)
  • ヴェリタブル作戦(Operation Veritable)(VPG)

 

GJ  戦略級関ヶ原

 2010年の初対戦ゲームは従来の京都で行われるゲーム会とは違い、在阪のゲームサークルに赴いて行われた。昨年からのもりつちさんなどのやりとりで大阪へ来られることはわかっていたが、それまでに京都サイドでも1ゲームできるかなあと思っていたが、タイミングが合わずその日を迎えた。

 場所は日本橋の大阪ミドルアース。筆者の住む地からはやや離れた所にあるが、関西では有名な界隈だ。10年前にはよく行ったものだが最近はご無沙汰だ。昔は電気屋街として、今では??な町として名高い。

 そんなロケーションで行われると言うことだったが、今回も例に漏れずソロモングループのもりつちさんがやってくると言うことに対して、皆で迎撃するといういつものパターンとなった。

 今回は筆者が直前まで出席が定まらなかったので、メインプレーヤーとしては登録していなかったが、もりつちさんが良いゲームとして推している「戦略級関ヶ原」をプレイすると聞いたので、これは一度見てみなければならないということで参加を決定した。

 到着すると既にもりつちさんとtakobaさんで1卓がプレイされており、ワニミさんは娘さんと共に待っておられた。先行隊のプレイ状況はそれぞれのブログにて経緯等が説明されているので参照されたい。

 それではと言うことでワニミさん+娘さん(以下ワニミ一家)と「戦略級関ヶ原」をプレイする事にした。

 筆者は西軍で、ワニミ一家は東軍となった。これは娘さんがどうしても東軍をと言うことなので自動的に西軍となった。

 ワニミさんの娘さんとはワニミさんのブログにも時々登場する娘さんで、自身の周りの子供といえば小学生低学年ぐらいが標準的だったので高学年と聞いてびっくりした。

 思い起こせば筆者がこのゲームを始めたのは小学生ぐらいだったと思うが、その頃はというと本当にルールを理解していたか、まともなゲームをプレイしていたかとなると非常に疑問符がつく。そもそも幼少の頃のルール理解度ほど怪しいものはない。

 ワニミさんの娘さんはというと、ルールの概略を教えることができるぐらいだから筆者の幼少期と比べるだけ無粋というものだ。この辺はさすがワニミさん家のエリート教育というか何というか。

 プレイは始まった筆者の西軍は時折敵陣より助言を受けてのムーブだ。どのように部隊編成をすればよいか、初動ではどの組み合わせが望ましいかなどレクチャーされた。

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 その結果我が西軍は京の町だけでなく近江にまで地歩を築き、さらには関西一円を席巻する勢いだ。東北では上杉が最上に攻め入り、長谷堂で一大合戦をおっぱじめた。

 残念ながら関西での勢いに比べ東北の上杉勢といえども妻夫木聡率いるイケメン軍団では謙信公の時代と比べれば雲泥の差で切れ味は抜群に悪い。史実通りといえば史実通り。そうそうワニミ一家では上杉家はイケメン軍団と言うらしい。

 西軍は小野木公郷の軍勢など史実では攻城戦に手こずった軍勢が攻城戦に次々成功し、大和路に進んだ石田三成なども次々と東軍の諸城を陥落させ、気がつけば近畿一円を支配下に置き、近畿一円のネットワークを築くことに成功した。近畿一円のネットワークとは関西のエリアを西軍の支配下に押さえていれば調略等有利になる。モチベーションが低い軍勢がヤル気が上がるなどだ。

 西軍諸将は清洲を囲うように配置し、東軍の先鋒隊などをまず血祭りに上げ、後続して来るであろう家康本隊が合流するまでに各個撃破する算段であった。東北の地にある上杉勢が早期に最上を粉砕し、北関東に圧力をかけられるようになればなお良い。

 福島隊など東軍の先軍が集結する地に西軍は戦力的優位性を持って突撃し、前哨戦に勝利を収めた。

 敗走する東軍を追って一網打尽という風に行きたかったが、街道の制限や深追いしすぎによるしっぺ返しを恐れた西軍は清洲で停止した。

 あまりの急進撃に東軍優位との説があった本ゲームで西軍が東軍を圧倒してしまうのかと思われたが、このままでは拙いと感じたワニミ一家の対応策は伊達家を上杉の押さえとする、家康隊の前進などであった。

 上杉の押さえとなる伊達氏は上杉の背後から襲うべく前進を開始。。。。がすでにその予兆を感じていた西軍は逆に前進させてから裏切らせることに腹づもりしており、白石あたりで調略し西軍へと引き入れた。

 北での政変はそのまま西へ波及。。。とは行かず、家康を清洲に突入させ、西軍の前進部隊を蹴散らし、さらに西軍を分断するという快挙を成し遂げ、さすが街道一の弓取りと言われるだけはあると思わせる鮮やかな攻略を見せた。

 逆に分断されてしまった西軍は、中核となる毛利隊や宇喜多隊を失い、敗残の身となった。この一連の合戦で西軍の絶頂から転落した西軍はもはや大阪へ下がるしかなく、更にはそれに追い打ちをかけられるという。史実同様西軍の敗北で幕を閉じることになった。

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 インストされながらとは言え、かなりのハイペースで西軍の支配地域が広がり、清洲城を囲み東軍の先軍を撃破した時には、どのように江戸城へ行こうかと夢想していたが、あっと言う間に打ち砕かれた。

 今までこのゲームはあまり面白くないのではと思っていたが、やはりきちんとプレイできておらず、逆に面白いという事がわかった。いずれ関ヶ原会でもプレイされるかな?

 序盤は娘さんがイニシアチブをとり合議制(隷属?)を重んじていたが、先軍が崩れるなど危機となるとやはりお父ちゃんの決断が光った。ピンチをチャンスに変えることができたのも指揮権を経験深いワニミ父さんがワニミ娘さんから禅譲(簒奪?)したのが大きいと感じた。

 もちろん序盤の敗勢は決してワニミ娘さんの判断が拙かったのではなく、ワニミ父さんがダイス係だったのでその影響が大きいことを名誉のために書いておきます。

 で、ゲーム中に感じたんですが、娘さんからルールを教わるいい年したオッさんというのも面白いんですが、ワニミ家のやりとりが面白かったです。

で、これを教えるとか言っておられました。

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マレンゴって。。。ステップアップしてGCACWとかOCSまでやり出したりして

囲んでポンは負ける自信はありますよ。

 うーんこれが新時代の親子関係か。ワニミ一家は凄い。

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コメント

ワニミ様
 当日はありがとうございました。本ゲームを見直す機会になったと言うだけでも収穫でした。
 西軍の...くだりはまさしくその通りで、機動打撃兵力をその他大勢としてしまったことが敗因でしょうね。
 山科会共々よろしくお願いいたします。

当日はお世話になりました。有り難うございました。

本来はもっと丁寧なご説明を致すべき所を一家内の抗争に明け暮れ、配慮が足りませんで申し訳ありませんでした。

西軍の利点は、「上杉」や「秀家」本隊の野戦能力と並んで、「大谷」「立花」「島津」「左近」の機動打撃兵力の優位にもありますので、この辺りの活用をもっと強調して説明すべきと反省仕切りです。

尚、娘も「面白かったです。」と申しておりました。次の機会にもどうか宜しくお願いします。
・・・まで、"わ"でした。

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