4月の戦い(2011年)その4
(承前)
本記事は前記事の続きとなります。
なお中国軍プレーヤーであったもりつち氏の対戦記を合わせ読んでいただけると立体的に浮かび上がってくると思われます。
前回の概略は以下の通りです。
第3ターンでは中国軍は嵐と日本の政治的制限と防空網の穴により脆弱となっている沖縄南西方面を攻撃を開始した。結果中国空軍は下地島などの制圧に成功し、日本列島と台湾との突破に成功した。
第4ターンでは嵐を切り抜けた日米軍は本格的な反撃を開始することになる。海空より沖縄南西諸島方面に跋扈する中国潜水艦隊を逐次駆逐しだした。
嵐から抜け出した日米台軍はいかにして中国軍の攻撃を御し反撃をするのか!
5ターン
K氏の画策した機動部隊や原潜の巡航ミサイル攻撃や台湾空軍と米ステルス機の中国本土攻撃は有効打だった。基地多数に打撃を与えることに成功した。
自衛隊の航空部隊もその攻撃に参加したいが政治的な制限により見送られた。しかし日本近海の中国艦艇の遊弋は座視しがたしとしてP3Cを中心とした潜水艦狩りが行われた。この攻撃には米軍のP3Cも参戦し、中国海軍に脅威を与え続けた。
とは言え航空部隊による潜水艦攻撃には限界があって、潜水艦の探知に成功していなければ攻撃すらも覚束ない。潜水艦が探知するためにはやはり水上艦艇や潜水艦による索敵が必要となる。索敵のためには近接せざるを得なく逆に相手に反撃の条件を与えてしまうことにもなりかねない。
水上艦艇や潜水艦は中国潜水艦隊に攻撃をしたが、あまり良い結果にはならなかった。
そういう中で生き残った中国海軍の潜水艦は台湾海軍や自衛隊の護衛艦「ちょうかい」に被害を与え、自らが攻撃に失敗した時に想像した通り窮鼠猫を噛むの状況となった。
「ちょうかい」が沈んでしまうとやはりダメージが大きい。沈没に至らなかったとは言え同じグループでは再び狙われるので「ちょうかい」のグループは以降の行動がやや積極性を欠くものとなってしまった。
海上艦艇が台湾海軍の艦艇しかない南の台湾海峡では中国海軍が台湾沿岸まで近接して艦砲射撃までする始末。
「やられたい放題では無いか!」と抗議したい所だが、CAPと中国本土攻撃に兵力を割いているので対応する兵力がなければれば仕方ない所。
6ターン
前のターンに引き続き巡航ミサイル攻撃やステルス機の攻撃は有効で、中国空軍の防空陣に為す術無し。中国軍プレーヤーからはステルス機に一矢を報いるというのみではあるが、ステルス機はそんなことお構いなしに縦横無尽に飛び回った。
前のターンに攻撃が渋かった自衛艦隊は艦隊を合流させスタックする潜水艦に対しパンチ力を増そうとしたが、攻撃はあまり芳しいものでは無かった。唯一の成功はAWACSや基地CAPなどのリレーで米軍の揚陸艦艇を沖縄方面まで送れることが確実となったことだろう。
水上艦艇、潜水艦、P3Cの連係攻撃は時に失敗することはあっても、敵潜水艦は立体攻撃の罠から抜け出せない。これに気づいた中国潜水艦は米原潜などからの不用意な攻撃を避けるために攻撃する潜水艦群以外は大陸棚に逃げ込むものもあったりする。
兵器の優越性を活かした戦闘を行うことでゴリゴリとこのまま中国海軍を磨り潰してゆけば良いのだろう。風の便りでは台湾空軍が善戦して中国空軍の損耗もバカにならないと言う。
とは言え中国軍の恐ろしさはその量だろう。ナンパオ作戦などと名付けて数を頼りに押し寄せられると、少数精鋭気味の米軍・自衛隊といえども対応に隙が出、今回のように間隙を突いた攻撃が奏功し思わぬ戦果も上げることができる可能性がある。油断は禁物だ。
南の海では台湾海軍と中国海軍の海戦が最後に発生し、大盛り上がりのうちに痛み分けとなった。
時間となったのでここいらでお開きとなった。
戦い終わってたくさんの反省点はあったが、戦果のうちの潜水艦7隻+3個小艦隊沈没の過半を海上自衛隊が仕留めたことは特筆に値するだろう。自衛隊に限って言えばAWS戦闘では全く問題は無く、その能力を十分に発揮できたと思う。
逆に航空自衛隊の運用は米空軍/海兵隊と共にあまり適切でない局面が見られた。本対戦で前回の第5艦隊同様、戦略航空作戦のバランス感覚が悪いのは指摘すべくも無いが、重要な沖縄南西諸島方面でのCAP網の意識の欠落はやはり敗因と言っても過言では無いだろう。
最終局面においてAWACSの運用方法を見いだしたとか、序盤の航空部隊の前進方法などまだまだ練達の道は険しい。
最後にフリートシリーズは海戦の戦術的なリアルさはないが、戦略兵器としての艦船、航空機の作戦が楽しめる作戦級ゲームです。海空の兵器群の特性を熟知し、運用するのが魅力です。いつも陸の作戦級ゲームをプレイする方々にも一度はプレイしていただきたい作品だなあと思う。とは言え現在入手できるタイトルがほぼ同人作品しかないというのが残念なところです。
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