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5月の戦い(2011年)その1

 更新が滞っていますが、お待たせしました!ダイジェストですが先日行われたゲームのリポートをお届けいたします。

 今回プレイしたのは

  • 賤ヶ岳戦役(GJ38)
  • ダガースラスツ(CMJ98)パットン

 となります。両方とも国内雑誌の付録ゲーム、しかも最近の号付近と言うことで入手しやすいと思います。

 プレイの方は対人戦は初プレイでしたが、賤ヶ岳戦役に関しては若干ソロを実施して挑みました。

 賤ヶ岳戦役は賤ヶ岳合戦を戦役(キャンペーン)レベルで再現するもので、過去には合戦もののゲームが同じゲームジャーナルであったり同人出版で見られましたが、戦役規模はツクダ戦国群雄伝シリーズで発表された秀吉軍記内のシナリオにあるぐらいで、非常に珍しいと言えるでしょう。

 ダガースラスツはS&T誌の付録ともなり一度はコマンドの付録として考えられたそうですが、訳あって見送られそのかわりに?ドイツ装甲軍団シリーズの一作としてマーケットガーデン作戦が世に出てきたみたいです。内容としてはマーケットガーデン作戦が史実のモントゴメリー案かそれともパットンの第3軍側で行うかの案かでゲームが2つに別れています。要はマーケットガーデンを英軍下で行うか米軍下で行うかでゲームがそれぞれあると言うことです。

  • 賤ヶ岳戦役(GJ38)
  •  最初このゲームの名前を聞いた時、信長最大の危機のデザイナーズノートを思い出しました。確か件の記事には賤ヶ岳の・・・・なり一文が有り、近い将来にはこの信長最大の危機システムを使用した賤ヶ岳戦役のゲームがでるものとばかり思っていました。
  •  ところが近い将来どころか音沙汰もなく気がつけばMMPから同名のゲームが出版されたり、さらには信長最大の危機システムとはとはまた違うヘックス戦の「関ヶ原大作戦」までもが出版されました。
  •  関ヶ原大作戦が出た時に信長最大の危機とはまた異なる戦国作戦級の姿にしばし興奮していましたが今回の作品も2度驚かされました。
  •  まずは予告ででした。マップを見て驚きました。なんと!ヘックスを用いているではないですか!どうも筆者なんかはポイント・トゥ・ポイントで作戦級と言われてもピンと来ないし、エリア式のゲームででもハッと来ないのでヘックス式と言うことにちょっとホッとしたりしました。
  •  さらには賤ヶ岳という関西でもかなり北の方、そして東の方で行われた戦いのため、マップはどうしてもそこが中心になるのでは無いか?との思いがありましたが、発表されたマップは琵琶湖を中心に描かれたもので実際のプレイでは近江の国の他の箇所でも戦いが行われるんだと言うことを暗示しているようで非常に興味を持たれました。
  •  プレイでは筆者が柴田方、対戦者のK氏が羽柴方を受け持ちました。
  • _igp1820

  •  序盤よりマップ南部端側にいる神戸信孝や滝川一益の策動に対応して、羽柴ブラザーズの羽柴秀長が長駆して対応します。その他近江にいる羽柴方武将は長浜あたりの押さえの部隊以外は、秀長と同じく美濃・伊勢へと向かう。

  •  筆者率いる柴田方は美濃・伊勢に割拠する神戸・滝川勢で羽柴軍を充分に引きつけておいて、越前からの柴田本隊を近江に割り込ませて羽柴軍を分断する、あるいは翻弄して戦力の分散化を策し、機を見て敵分遣隊を撃破し戦力の均衡を図ろうとしていた。

  •  越前にいる柴田勢は雪に閉ざされていてその期間中の機動は消耗を伴う。できればその期間中の行動は慎みたいが、状況によっては討って出るかもと決めていた。

  •  羽柴秀長をはじめとする羽柴方の行動は強烈だった。彼らが到達する前に羽柴方の城塞を次々と落としておきたかったが、そうなる前に羽柴方の軍勢が殺到してきた。

  •   滝川一益は羽柴秀長に追いかけ回されて神戸信孝に至っては三好秀次などに攻め立てられて出撃地点まで下がらざるを得ない状況。

  •  彼ら美濃/伊勢方面の柴田方軍勢は単品では野戦で抗することは難しい。遅滞戦術で時間を稼ぎ、越前の本隊が近江方面に討って出てきて圧力が下がるのを待つのみだ。

  •  それが早くもやって来ようとは。

  • _igp1829

     思ったより素早い柴田方の反応に戦況を重く見た柴田越前方面隊は、雪の中を押して進軍することとした。佐久間隊などが前進を始めそれなりに消耗する。

     消耗から回復し史実と同じく余呉湖、賤ヶ岳方面に進出した柴田軍は前面で阻止線を貼る羽柴軍堀秀政と羽柴秀吉と激突した。

     なお本ゲームは手番ごとにダイスを振り行動できる任務の数を判定し、戦意向上、回復、陣地構築、作戦行動に割り振って行動する。

     作戦行動に割り振られると、選択した指揮官の行動力制限により移動、野戦、攻城戦のいずれかあるいは全てを行える。

     移動はダイスの目プラスその指揮官の行動力で、戦闘は部隊の数分のダイスを振り、野戦では指揮官の攻撃力以下の目を出せば1打撃を与えられ、攻城戦の時は1の目の時のみ打撃を与えることができる。

     史実と違い中川清秀が隘路口を押さえていなかったので、羽柴軍は地形的な不利の形勢で戦いが始まった。柴田軍の圧倒的な攻撃力にて粉砕される羽柴軍。おそらくは柴田勝家が夢見たであろう賤ヶ岳合戦の勝利だ。

     この衝撃は羽柴軍中に響き渡った。

     長浜方面へと潰走する?羽柴軍。

     ここで筆者柴田軍の方針は一変した。

     このまま長浜へ進み追撃戦を実施し打撃を与えつつ近江・美濃間を遮断するという夢を見た。

     長浜で遮断することで美濃方面の軍事行動が大幅に制限され、岐阜で攻め立てられる神戸信孝の支援、羽柴秀信と三好秀次の無力化とするだけでも大きい。

     ここで沸き立った柴田軍は追い打ちをかけるため前進をする。目指すは長浜城!

    _igp1832

     突進する柴田軍。この突進に浮き足立つ羽柴軍。傷ついた羽柴秀吉、堀秀政の他には賤ヶ岳で史実通り戦死するはずだったが、なぜか後ろにさげられて長浜まで下がっていた中川清秀を中心とした小振りな部隊しかいない。

     ここへ烈火の如く鬼神が乗り移ったかのような柴田軍がやって来たから一溜まりもない。

    一溜まりもないはずだった。

    いや一捻りのハズだった。

     羽柴軍は長浜城は完全に敵手に落ちたものと観念して、羽柴秀吉を美濃方面へと逃走させた。しかしこの時はさほど進めず、関ヶ原手前で行き止まってしまった。

     いきなり獲物が二つ目の前にぶらりと。

    目前には肌城状態の長浜城が。

    ちょっと先にはつまずいた羽柴秀吉が。

     「ちぇすと~!!」

     柴田軍は軍勢を二つに分け、佐久間盛政に羽柴秀吉を、柴田勝家に長浜城を狙わせた。

     しかし世の中には素晴らしい言葉が存在する。

    「二兎を得んとするものは一兎も得ず」と。

     正直に言おうチラリと脳裏にかすめたが、それ以上に二兎も得た時の興奮は大きい。

     佐久間盛政の羽柴秀吉に対する攻撃!

    スカ !

     柴田勝家の長浜城に対する攻撃!

    スカ !

     その後は言うまでもないだろう。2度の長浜強襲に失敗した柴田軍は「もはやこれまで」と兵を引くことにした。その理由は美濃から羽柴秀長が、湖西からは丹羽長秀や池田恒興がやって来ていた。

     世にも後退戦は最も被害が出やすいものだという。

     後退の途上再び賤ヶ岳で捕捉された柴田軍は佐久間盛政隊は壊滅、柴田勝家隊も半壊し、側面を守る前田利家をスルーして池田恒興が越前乱入を策したので、柴田軍はポケットの中に閉じ込められた。もはや風前の灯火と言うことで投了することになった。

     面白かった。関ヶ原大作戦的な謙信上洛と言えば良いだろうか。「信長最大の危機」以降数作の戦国作戦級ゲームが発表されたが、どれもが少しずつ影響を残しながら、また過去の作品からも影響を受けながら変化して言っているのが面白く感じた。本作品は戦国作戦級のシステムとしてもなかなかいけているのでは無いだろうかと思えた。

    (つづく)

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