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11月の戦い(2011年)

 10月末の夕方、年に一度はくる胃痛に苛まれた。

 昼に食べた中華が油濃かったのかそれとも山積みになっている仕事の進捗が捗らないせいかうずくまるほどの痛さが襲ってきた。

 いつもなら、ちょっとの間ジッとして我慢していれば嘘のように痛みから解放され、そうでなくとも市販の胃薬でも飲めばたちどころに消え去り立ち直るはずだった。

 その日は違った。いつもでたっても痛さの波はあるものの消えそうにもなかった。

 救急車でも呼ぶか。

 そうも考えたが既に夜中の3時。近隣の家に迷惑をかけて大げさになってしまうのと、家の近くに救急対応の病院があったのでタクシーを呼びつけて転がり込むことにした。

 結果。

そのまま一週間入院。11月には手術のため再入院を約することになってしまった。

と、言うわけで10月後半から11月の間はウォーゲームを全くプレイできなかった。

いや!

違った!

1回目と2回目の入院の間隙を突いて電話してきた輩がいた!

K氏だ!

リーンtelephone

  リーンmobilephone

    リーンtelephone

青字:ぐちーず、赤字:K氏 基本口語なのでローカルで表記。なおK氏にはニュアンスの説明も必要なので特に対訳を付した。

「はいもしもし。ぐちーずやけど。」

「おぅ!なんや?どうえ?もう出たんか?」

(あら思っていもしませんでした。どうなんですか?もう退院していたんですか?)

「今日退院やけど...」

「あ、そうけ~もう大丈夫なんけ?」

(ああそうなんですか。体調は大丈夫なのでしょうか?)

「まあ。とは言ってもまた入院せなあかんねんけど。」

「そーけ。俺なあ。久しぶりにゲームこーてん。」

(関心無いよ。私は久しぶりにゲームを買いました)

「あ、そうなん。珍しい。あ!わかったあれやろ!」

「おお、なんで知ってんねん。」

(わあびっくり。なぜわかったのですか)

「そりゃあ自分(あんた)の好きそーなテーマやん。」

「そやろ!そやねん。なんかなあ。そそられてん。」

(そうでしょう!あなたの言うとおりですよ。何というか説明できませんが。欲情してしまいました。)

「ほんならそれやろうよ。」

「え!ほんまかいな!ええんか!じゃあそうしよう。」

(わお!シンジラレナーイ!許可してくれるんですか!それではそうしましょう)

「では,そういうことで

「ほな」

(期待してますよ)

というわけで病み上がりの体を引きづりながら突発ゲーム会を開催するハメになってしまった。

第三帝国の興亡(CMJ101)1939年シナリオ

 果たしてK氏の好みのゲームとは何か。実はK氏はゲームプレイにおいて余りこれこれをしたいという意思表示が少ない。

 それにかこつけて妙なゲームをプレイできたりするが、さすがにその境遇に甘えるわけにもいかず、山科会においては何点か候補のゲームを持っていってゲームを選んでもらうと言うようなことが行われる。その何点かのゲームの選択すらバイアスがかかっていることもあるが、まあ幅広いテーマを扱うようには配慮されている。はずだ。

 ところが唐突に今回のように希望を申し述べられる時がある。残念ながらそれを却下するまでは上下関係が確立していないので要求を呑まなければならない時がある。

 今回は本来なら100号のハズだったのが101号にずれ込んで発売されたコマンド誌の付録ゲームをプレイした。

 従来より本作は永久に発行されずにフェードアウトすることも一部懸念されたが、一応は発売にまでこぎつけられたようだ。

 なんと言っても本作の目玉はあのデザイナーの作品と言うよりはアフリカ戦線がいわゆる北岸地域の北アフリカだけでなくエチオピアなどの東アフリカと中東地区も含まれるという拡大した欧州大戦と言うことにつきる。

 もちろんデザイナーがかつてデザインしたドイッチュラントウンターゲルトなどのように突き抜けた視点が期待されるというのもある。ドイッチュラントウンターゲルトといえばK氏が愛好するゲームの1つでもある。そんな彼が今回の第三帝国の興亡に同じような期待を抱いたり興味を持つのも無理はない。

 プレイは筆者が枢軸軍、K氏が連合軍を担当した。

 1939年と言えばポーランド侵攻から第二次世界大戦は始まる。それからどのように攻めるかはプレイヤーの料理次第ですよと言う戦略級ゲームは多い。史実と同じようなコースを踏んで行くウォーゲーマーって言うのが少ないのでは無いかなと思ったりもする。

Dsc00299

 筆者は割とその辺は余り道を外れないというか史実の枠から離れたくない性分というか余りゲーム上で可能な冒険主義的なことはできない。

 逆に史実の枠など糞喰らえでやってくるのが対戦相手のK氏で時々筆者などはボードゲーム上でも滅多に味わうことのない戦略的奇襲て言う目に会わされたりする。

 話は展開の方に戻ってポーランド戦をそつなく終えた筆者は、対仏戦の準備に取りかかる。フランスへの攻撃はマジノ線とベネルクス三国間の細い回廊で行われるので、ポーランド戦後の再配置で少し頭を悩ます。帰りの駄賃とばかりにデンマークへ入り、展開を終えた対仏侵攻部隊は「ケースイエロー」を開始。対する連合軍も既定の計画に則ったというわけではないが「ディール計画」を発動。電撃戦ルールを駆使しながらもパリに迫るドイツ軍はココで息切れ(攻撃に失敗)!

 捲土重来とばかりにイギリス本土から押っ取り刀で駆け付けた大陸遠征軍を加え連合軍はドイツ軍先頭に反撃!これも失敗!狭い区域でユニットをあれこれ動かしながら試行錯誤の末ようやくパリを陥落させフランスを降伏させることに成功した。

「なんかえらい道草喰ったわダンケルクはどこいったんや」

 しつこいイギリス軍はなおもVフォースよろしくフランスに再上陸。これにもまた貴重な兵力と時間を割かれてしまった。

 タイムスケジュールが大幅に遅れてしまった。

 参戦するイタリア軍はすることがないのでアフリカにちょっかい出すと同じくやる事の無くなってきたイギリス軍が果てしなくアフリカ大陸で鬼ごっこが始まった。兵力を送り込んだ者勝ちと言えるがイタリア軍は策源が近いとは言え、ユニットが弱いのでイギリス軍が本気出すと史実同様圧倒されることに。それまでの幕間劇という風に言えようか。

 フランス戦を終えたドイツ軍は補充をしつつソ連への侵攻を用意する。事前にバルカン半島とノルウェーへの進攻を開始しているのでこちら派兵した部隊も戦線の進捗と同時に合流できるだろう。

 タイムスケジュールが遅れているので補充が間に合おうが間に合わなかろうがバルバロッサは発動されなければならない。ソ連軍を打倒するには史実と同じようにしては勝利は望めない。

 例えばバルバロッサ前倒しというのも手だろうし、装甲を極端に集中するというのも手だろう。正面玄関の元ポーランド国境だけでなく裏口とも言えるフィンランドあるいはノルウェー越しの迂回部隊も投入するというのも手だろう。このゲームに限らず幾多の東部戦線キャンペーンで語られた策ではある。

Dsc00304

 またこのゲームでは包囲されて連絡線切れだと消滅するというゲームなので、広大な大地を持つソ連では大包囲殲滅というのがやはり攻撃の進め方と言えるだろう。

 注意点としてはソ連軍ならではのアドバンテージがある。普通の国なら充足状態(ユニットが表か裏か)にかかわらず補給切れならば自軍補給フェイズに除去されてしまう。対してソ連軍は非充足状態(裏面)ならば同じだが充足状態面では除去されない。また除去された部隊は普通ならば動員プールに置かれるところが次の段階である編成ボックスに置かれる。

 また普通の国なら1つしかない首都が3つもあり3箇所とも占領しなければソ連を征服できない。さらにスターリンの脱出ルールがありモスクワが占領される時にダイス判定で首都が移転してしまう可能性がある。

 もう一つ加えると生産ポイントの源である工場がターンが進むに従って追加されることだろう。要は長らく戦争しているとドイツ軍には不利になる要素満載だ。

 賢明なウォーゲーマーなら非充足状態で薄く戦線を張るソ連軍に対し圧倒的なスピードで包囲殲滅し、工場が稼働しない間に戦争を終わらせようと。

 筆者もそう考えた。

 筆者のバルバロッサは41年の春に発動した。次の夏ターンでソ連軍が連合軍として参戦するので言わばタイムリミットである。よく考えるとほぼ史実通りのスタート。

 世界は息を呑んだ。

 ドイツ軍の攻撃はソ連軍の前線をバターをホットナイフでスライスするように容易く突破し、キエフ会戦のように包囲瀬滅させた。

「なんやこれ。こんなん戦えへんやん。」

 余りのあっけなさに肩を落とすK氏。しかしスタートダッシュが遅れたことに懸念のある筆者は素直に喜べない。

「大丈夫、この辺まで史実通りやけど気がついたら史実と同じように反撃できるまでになるって。」

 必ず取りこぼしがあるのが世の常。平治の乱の源氏のように追っ手から逃れた側が逆に次の時代を牽引するという事があるように。そんな懸念が件の発言と繋がったわけだ。

 取りこぼしは攻撃に失敗して生き残ったり攻撃のコマ数が足らずに残ってしまったものが大半を占めた。それらを充足状態にし、編成ボックスから送られてくる兵力でさらに埋められた。

 編成ボックスからやって来たばかりの非充足状態のユニットはまあよしとして、前ターンに生き残ってしまって充足状態になったモノは始末が悪い。ちょっと囲ったぐらいでは崩壊しない拠点となってしまうのだ

 そんなこんな戦いをしている内にソ連軍の戦線は息を吹き返した。南側から大きく旋回し攻めていたがあっと言う間に兵力が不足してきてモスクワを陥落させながらもこれ以上前に行けなくなっている。

 既に気がつけば42年の夏が過ぎていた。我がドイツ軍はブラウ作戦と銘打って死力を尽くして前進したが、ハリコフでスタックする敵とスターリングラード、レニングラードの前で完全に停止してしまった。

 アフリカでは暇になった英軍がイタリア虐めを開始して戦力を集めて在地のイタリア軍を圧迫しはじめている。

 西部戦線では部隊のアップグレードを考えてイギリス軍がディエップ上陸作戦のように強襲をかけてきた。この攻撃はドイツ軍首脳部に衝撃を与え、幕末の幕閣のように海路によって世界は繋がっていることを思い知らされる。沿岸の防備に兵力を割かねばならないのはこの時点では重荷だった。

 イギリス軍の上陸は上陸軍壊滅というそのまんまやんけというツッコミを貰うほどあっけなかった。しかしブルターニュからハンブルグまではどこまでも上陸適地。いつ上陸されてもおかしくない。

 さらにアメリカ軍まで調子に乗ってイギリス本土にやって来ており「ちょっと早いけどノルマンディでもすっかな」が手に取るようにわかる。

Dsc00305

  42年の冬に連合軍は満を持してやって来た。

「彼らは来た」だ。

 彼らはもの凄いイラチ(気が短い)だった。とっとと戦争を終えるのには首都ベルリンを落とすほか無いとして、フランスなんぞショートカットしてやって来た。

 上陸前にバンド・オブ・ブラザーズの話なんかしていたからなぜか控えめにオランダからの上陸だったが、こちらは叩き伏せられてしまったので、2回目の上陸はベルリン超特急と言うことでハンブルグへやって来た。

 時間がもう無かったという事もあるが、もはやこの一手に対応するドイツ軍の兵力は遙か彼方の東方の地か次のターンに配置されるベルリン防衛隊の方々をおいてほかない。

 ということで1943年の早い段階で戦争は終わりそうだと言うことでお開きにすることとした。

 世評的にはドイツ軍の破竹の進撃を止められないではないかということで、今回のプレイでは起こらなかったソ連の崩壊がいとも簡単に実現できるらしい。とは言え筆者のようにバルバロッサが遅刻すると頓挫する危険性もある。またドイツ軍の電撃戦ルールもバルバロッサ前に消費してしまうと取り返しが付かなくなってしまう。

 状況により連合軍を一刀両断できてしまうがそれはこのゲームの視点なのかなと言う気がしなくてもない。アフリカ戦略などまだよくわかっていないところもあるが、もう少し色々なプレイを見てみたいなあと言う気がする。

 今回の教訓は「遅刻は厳禁」

 

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