2月山科会(2013年)その1
ようやく山科会が開催されることになった。
1月は会場となるK中氏邸がK中氏多忙だったためだ。最近では割と1月はプレイすることが多かったけど、その昔はそんなこと無く1月でも後ろの週気味に開催スタートって言うのが多かった。と言うわけで今回は原点回帰のようなものだ。
K中氏によると筆者のプレイ意欲が近年まれに見るほど高いとのことで、従来ならK中氏からいついつの日にゲームができそうって言う連絡が最近では逆に「来週は?」とか聞かれることが多くなり、驚異に感じているとのことだった。そうなのかどうかは分からないけど、ゲームをした回数は近年まれに見るほどのスタートダッシュのようで、今年の終わりにはプレイ回数や日数の記録が更新されるのでは無いかとちょっと期待している。
今回は唐突に始めたとは言え大量の未プレイゲームおよびプレイ予定ゲームを持ち込み、以下の作品をプレイすることになった。
・S&T誌277号Ticonderoga: The Battles for Lake George, 1755-58
・The Battle of Tours(Turning Point Simulations)
今回は2作品で双方西洋史もののゲーム。一つ目はフレンチインディアン戦争のジョージ湖の戦いをテーマとする作戦・会戦のゲーム、もう一つはトゥール・ポワティエ間の戦いというフランク王国とウマイヤ朝の戦いで、ローマ帝国以後のフランス地方での地元王国と当時伸張目覚ましかったイスラム勢力との激突を扱う会戦ゲームだ。
当会では時々こういうゲームもプレイできるので手前味噌ながら魅力的な会だ。
1月は会場となるK中氏邸がK中氏多忙だったためだ。最近では割と1月はプレイすることが多かったけど、その昔はそんなこと無く1月でも後ろの週気味に開催スタートって言うのが多かった。と言うわけで今回は原点回帰のようなものだ。
K中氏によると筆者のプレイ意欲が近年まれに見るほど高いとのことで、従来ならK中氏からいついつの日にゲームができそうって言う連絡が最近では逆に「来週は?」とか聞かれることが多くなり、驚異に感じているとのことだった。そうなのかどうかは分からないけど、ゲームをした回数は近年まれに見るほどのスタートダッシュのようで、今年の終わりにはプレイ回数や日数の記録が更新されるのでは無いかとちょっと期待している。
今回は唐突に始めたとは言え大量の未プレイゲームおよびプレイ予定ゲームを持ち込み、以下の作品をプレイすることになった。
・S&T誌277号Ticonderoga: The Battles for Lake George, 1755-58
・The Battle of Tours(Turning Point Simulations)
今回は2作品で双方西洋史もののゲーム。一つ目はフレンチインディアン戦争のジョージ湖の戦いをテーマとする作戦・会戦のゲーム、もう一つはトゥール・ポワティエ間の戦いというフランク王国とウマイヤ朝の戦いで、ローマ帝国以後のフランス地方での地元王国と当時伸張目覚ましかったイスラム勢力との激突を扱う会戦ゲームだ。
当会では時々こういうゲームもプレイできるので手前味噌ながら魅力的な会だ。
Ticonderoga: The Battles for Lake George, 1755-58(S&T誌277号)
S&T誌と言えばDecision Gamesという会社の出版するゲーム付き雑誌の看板ゲームと言っても差し支えないほど有名なゲーム雑誌。雑誌付きゲームが嫌いだという層を除けば大抵のプレーヤーが一度はプレイしたことのあるゲーム付き雑誌だと思う。そんなゲーム雑誌が気がついたらWW2専門のWorld at War誌だとか未来・現代戦専門のModern War誌に分派してしまって分割相続のようにどんどん本家の勢力が失われるかと思ったらさにあらず、なんか以前より元気になったと思うのは筆者だけだろうか。
今回のプレイはそのS&T誌277号の付録ゲーム、タイコンデローガだ。フレンチ・インディアン戦争というゲームをプレイした。フレンチ・インディアン戦争は日本では全くと言っていいほどなじみの無い戦争で、ヨーロッパの地で繰り広げられていた七年戦争の北米戦線といえ、北米植民地でのイギリスの優位が決定づけられた戦争であった。
このタイコンデローガはその戦争のジョージ湖畔で戦われた一連の戦いを戦略マップと戦術マップに分かれて描かれている。

最初なので1755年秋キャンペーンという戦略マップだけのシナリオをプレイ。
フランス軍本体はカヌーに分乗してインディアンは陸地を併走 。
湖ではヘックス単位で移動するけど川ではヘックス辺単位で移動力を消費するので、「素直に陸地を走った方が速くね?」と突っ込まれる。
フランス軍は英軍の籠もる拠点などを奪えば勝利、守れば英軍の勝利となる。ただし仏軍は2つあるカヌー(川舟))を喪失すると敗北する。
システムは珍しいところでは軍議フェイズというものがあって、それぞれのリーダーの能力をダイスチェックで決定する。傑出、有能、不適切のランクに分かれリーダーごとにそのダイス範囲が定められている。傑出となると普通に活動できるが有能では活動できず維持できるのみ、不適切では活動できない上に兵を失うという体たらくだ。
またこの戦争には数多くの現地人(インディアン)が動員されており、セットアップ時に兵力が固定されていない上に、インディアン脱走判定では「この人たちについていけない!」と言う方々が逃散する。
よってリーダーのランクのチェック時やインディアン脱走判定など、人が減る要素満載となっている。
つまり籠もっていても完璧というものでは無く、ドラマが生まれるのだろう。
と言うわけで筆者はなぜかフランス軍。砦に籠もる英軍を責め立てる。
いきなりインディアンが逃げた!
英軍よりフランス軍の方がインディアンの脱走判定がきつくなっており、気がついたら誰もいなくなった。
しかし!攻めねばならないので攻めてみる。
兵力が少なくなっているフランス軍を見て好機とばかりに出張ってくる英軍の方々。
「男には負けるとわかっていても攻めなければならない時がある。」
圧倒的戦力の英軍の前に仏軍消滅!

「ちょー!納得いかないんすけど!!」
と言うわけで違うシナリオ。1757年夏キャンペーンだったかな。
今回もまたもやフランス軍。
カヌーで進むフランス軍。相変わらずヘックスの辺で「1、2、3・・・」とやっているともはやお決まりのツッコミ「素直に陸地を走った方が速くね?」
今回の我が軍は違う!前回は敵軍に比して兵力差が無かったので負けたのもまあ仕方ない。しかし今回は充実して戦力で・・・・
あれ?向こうも多い(泣)。
今度は要塞に格上げされた地を攻略すれば勝利というものだが、ちょっと離れたところに砦があり分散した格好となっている。
砦からの兵力が合流してしまうと、あるいは背後を突かれる事態は避けたいので放置というわけにはいかない。
なんなら砦を攻めることにより要塞からの援兵を引き釣りだし、野戦で守備兵力消耗を構想した。
我が敢闘精神に富むフランス軍は距離の離れた要塞と砦間の連絡を分断しつつ、さらに自らが挟撃されるリスクを押さえつつ地道に前進。
「むむむむ。」
迂闊に手を出せない英軍。
「ふははははは。君い。籠もる敵攻略の基本は分断・各個撃破だよ。タラン君。」
要塞より援兵を出そうとするが筆者の策に気がついたか気がつかなかったか援兵は送られなかった。
「まあいい。デザートは最後に食べるものだからな。セレステラ。」(意味不明)
砦を責め立てるフランス軍。真田丸に射かける越前衆の心境。
しかし守兵の必死の防戦に時間ばかりが空費。こちらもそれなりにダメージを受けている。
ようやく砦を陥落させ、次は要塞へ!とズタボロになった部隊で進軍する。
脳内BGMではなぜか演歌が
と言うわけでフランス軍は砦を落とすまではできたが肝心の要塞攻略までは手が付かず、時間切れタイムアウトとなりました。
興味深い戦いではあったが戦略マップのみのプレイのためややざっくりとした印象でした。アイデアは面白いと思うのですがこれ単体ではうーんのような。もっとも戦術マップも加わった場合はどうなるかわかりませんが続けてプレイしてくれる人が周りにいるかは微妙です。

The Battle of Tours(Turning Point Simulations)
続けてAgainst the Odds誌や発売元のLPGではよく見かけることのあるゲーム会社のゲーム。ちょっと気になるタイトルがあるので入手してみました。さらにネット上でもルール訳があげられていたので一気にプレイしてみることにしました。
ローマ帝国がゲルマン系民族の大移動によって崩壊し、各地には移住した民族達の国々が勃興し、または消えする間に中東を中心にイスラム系の国が膨張し、気がつけば地中海を越えスペインや南フランスももイスラム勢力下となっていました。彼らの膨張はついにこのツール・ポワチエ間の戦いで彼の地を仕切るフランク王国の宮宰カールマルテルと激突しました。結果、イスラムの西進はこの地で食い止められて、彼の名声は更に上がりました。ちなみに彼の子が最終的にはフランク王国国王となりメロヴィング朝からカロリング朝へそして孫のカール大帝(シャルルマーニュ)がフランク・ローマ皇帝として西欧の礎を作ることになりました。
会戦開始。ユニットは写真通り多くないのでさっと配置完了。
筆者はカールマルテル役。中世最高のプリンスとしてこの戦いを全うするのだ。
盾壁でイスラム軍の攻撃を防いで、その間に軽歩兵と騎兵をスライドする。
兵種によって活性化させると言うシステムのためごっそり動けなかったりする。
プレイしてくるとどうしてもこの瞬間に!とかそう言う自分の意図しない反応に驚愕することがある。
こういう会戦級のゲームだと相手側が迂回しているのにもかかわらず何もできないとか、隊形が変換できず不利なままとかだ。
それを楽しいと感じるかどうかが最近の会戦級ゲームが面白いか面白くないかの分岐のような気がする。
さて我が軍の重歩兵は隊形変換に失敗し、手薄になったイスラム勢力の中央部を抜く板が挫折したり、重騎兵は迂回して攻撃で敵と交戦中のままになり、せっかくのチャンスが失われた。かくいうイスラム側もその転がってきたチャンスを生かし切れず活性化に全て失敗していた。

次に仕掛けてきたのはイスラム側だった。筆者の右翼からの半包囲に対して重歩兵があまり活発で無いのを見越して我が軍左翼に回り込んで揺さぶってきた。イスラム軍の揺さぶりに対抗してこちらも追随すれば左右で膠着状態が生まれるがやや右翼の食い込み度から見てフランク王国側の方が有利っぽかった。
しかしそんなに簡単にことが進まないのがいつもの流れ。
そんなばかな!全部活性化に失敗するとは!
そんなばかな!全部活性化にまた失敗だ!
と我がフランク王国軍はイスラム勢力の迂回攻撃にほとんど棒立ち。
次々に撃破されるフランク王国の面々

最終的に時間が来たのでお開き。
我が軍はカール・マルテルまで投入して右翼に重点を置いて攻撃したが、右翼を破りきれず逆に左翼が危機的!
多分この戦いはフランク王国の敗北となってしまうんだろうなあ。
あと一息で右翼を破ることができたはずだが息切れしてしまった。もしもは許されないが2度の活性化が失敗していなかったなら、いや片方でも成功していたのなら先に敵の宿営地に突入して凱歌をあげ得たのに。
しかし無情にも実態は左翼がボロボロなので戦後は弾劾されてしまうだろう。
と言うわけで今回のゲームは珍しい西洋史二本立てで終えることになった。
この2作目の会戦ゲームは世界史の教科書にも載る戦いがテーマだったので非常に感慨深い。珍しいテーマだったのもあるけどたまにはこういう会戦モノもいいなあ。
S&T誌と言えばDecision Gamesという会社の出版するゲーム付き雑誌の看板ゲームと言っても差し支えないほど有名なゲーム雑誌。雑誌付きゲームが嫌いだという層を除けば大抵のプレーヤーが一度はプレイしたことのあるゲーム付き雑誌だと思う。そんなゲーム雑誌が気がついたらWW2専門のWorld at War誌だとか未来・現代戦専門のModern War誌に分派してしまって分割相続のようにどんどん本家の勢力が失われるかと思ったらさにあらず、なんか以前より元気になったと思うのは筆者だけだろうか。
今回のプレイはそのS&T誌277号の付録ゲーム、タイコンデローガだ。フレンチ・インディアン戦争というゲームをプレイした。フレンチ・インディアン戦争は日本では全くと言っていいほどなじみの無い戦争で、ヨーロッパの地で繰り広げられていた七年戦争の北米戦線といえ、北米植民地でのイギリスの優位が決定づけられた戦争であった。
このタイコンデローガはその戦争のジョージ湖畔で戦われた一連の戦いを戦略マップと戦術マップに分かれて描かれている。

最初なので1755年秋キャンペーンという戦略マップだけのシナリオをプレイ。
フランス軍本体はカヌーに分乗してインディアンは陸地を併走 。
湖ではヘックス単位で移動するけど川ではヘックス辺単位で移動力を消費するので、「素直に陸地を走った方が速くね?」と突っ込まれる。
フランス軍は英軍の籠もる拠点などを奪えば勝利、守れば英軍の勝利となる。ただし仏軍は2つあるカヌー(川舟))を喪失すると敗北する。
システムは珍しいところでは軍議フェイズというものがあって、それぞれのリーダーの能力をダイスチェックで決定する。傑出、有能、不適切のランクに分かれリーダーごとにそのダイス範囲が定められている。傑出となると普通に活動できるが有能では活動できず維持できるのみ、不適切では活動できない上に兵を失うという体たらくだ。
またこの戦争には数多くの現地人(インディアン)が動員されており、セットアップ時に兵力が固定されていない上に、インディアン脱走判定では「この人たちについていけない!」と言う方々が逃散する。
よってリーダーのランクのチェック時やインディアン脱走判定など、人が減る要素満載となっている。
つまり籠もっていても完璧というものでは無く、ドラマが生まれるのだろう。
と言うわけで筆者はなぜかフランス軍。砦に籠もる英軍を責め立てる。
いきなりインディアンが逃げた!
英軍よりフランス軍の方がインディアンの脱走判定がきつくなっており、気がついたら誰もいなくなった。
しかし!攻めねばならないので攻めてみる。
兵力が少なくなっているフランス軍を見て好機とばかりに出張ってくる英軍の方々。
「男には負けるとわかっていても攻めなければならない時がある。」
圧倒的戦力の英軍の前に仏軍消滅!

「ちょー!納得いかないんすけど!!」
と言うわけで違うシナリオ。1757年夏キャンペーンだったかな。
今回もまたもやフランス軍。
カヌーで進むフランス軍。相変わらずヘックスの辺で「1、2、3・・・」とやっているともはやお決まりのツッコミ「素直に陸地を走った方が速くね?」
今回の我が軍は違う!前回は敵軍に比して兵力差が無かったので負けたのもまあ仕方ない。しかし今回は充実して戦力で・・・・
あれ?向こうも多い(泣)。
今度は要塞に格上げされた地を攻略すれば勝利というものだが、ちょっと離れたところに砦があり分散した格好となっている。
砦からの兵力が合流してしまうと、あるいは背後を突かれる事態は避けたいので放置というわけにはいかない。
なんなら砦を攻めることにより要塞からの援兵を引き釣りだし、野戦で守備兵力消耗を構想した。
我が敢闘精神に富むフランス軍は距離の離れた要塞と砦間の連絡を分断しつつ、さらに自らが挟撃されるリスクを押さえつつ地道に前進。
「むむむむ。」
迂闊に手を出せない英軍。
「ふははははは。君い。籠もる敵攻略の基本は分断・各個撃破だよ。タラン君。」
要塞より援兵を出そうとするが筆者の策に気がついたか気がつかなかったか援兵は送られなかった。
「まあいい。デザートは最後に食べるものだからな。セレステラ。」(意味不明)
砦を責め立てるフランス軍。真田丸に射かける越前衆の心境。
しかし守兵の必死の防戦に時間ばかりが空費。こちらもそれなりにダメージを受けている。
ようやく砦を陥落させ、次は要塞へ!とズタボロになった部隊で進軍する。
脳内BGMではなぜか演歌が
と言うわけでフランス軍は砦を落とすまではできたが肝心の要塞攻略までは手が付かず、時間切れタイムアウトとなりました。
興味深い戦いではあったが戦略マップのみのプレイのためややざっくりとした印象でした。アイデアは面白いと思うのですがこれ単体ではうーんのような。もっとも戦術マップも加わった場合はどうなるかわかりませんが続けてプレイしてくれる人が周りにいるかは微妙です。

The Battle of Tours(Turning Point Simulations)
続けてAgainst the Odds誌や発売元のLPGではよく見かけることのあるゲーム会社のゲーム。ちょっと気になるタイトルがあるので入手してみました。さらにネット上でもルール訳があげられていたので一気にプレイしてみることにしました。
ローマ帝国がゲルマン系民族の大移動によって崩壊し、各地には移住した民族達の国々が勃興し、または消えする間に中東を中心にイスラム系の国が膨張し、気がつけば地中海を越えスペインや南フランスももイスラム勢力下となっていました。彼らの膨張はついにこのツール・ポワチエ間の戦いで彼の地を仕切るフランク王国の宮宰カールマルテルと激突しました。結果、イスラムの西進はこの地で食い止められて、彼の名声は更に上がりました。ちなみに彼の子が最終的にはフランク王国国王となりメロヴィング朝からカロリング朝へそして孫のカール大帝(シャルルマーニュ)がフランク・ローマ皇帝として西欧の礎を作ることになりました。
会戦開始。ユニットは写真通り多くないのでさっと配置完了。
筆者はカールマルテル役。中世最高のプリンスとしてこの戦いを全うするのだ。
盾壁でイスラム軍の攻撃を防いで、その間に軽歩兵と騎兵をスライドする。
兵種によって活性化させると言うシステムのためごっそり動けなかったりする。
プレイしてくるとどうしてもこの瞬間に!とかそう言う自分の意図しない反応に驚愕することがある。
こういう会戦級のゲームだと相手側が迂回しているのにもかかわらず何もできないとか、隊形が変換できず不利なままとかだ。
それを楽しいと感じるかどうかが最近の会戦級ゲームが面白いか面白くないかの分岐のような気がする。
さて我が軍の重歩兵は隊形変換に失敗し、手薄になったイスラム勢力の中央部を抜く板が挫折したり、重騎兵は迂回して攻撃で敵と交戦中のままになり、せっかくのチャンスが失われた。かくいうイスラム側もその転がってきたチャンスを生かし切れず活性化に全て失敗していた。

次に仕掛けてきたのはイスラム側だった。筆者の右翼からの半包囲に対して重歩兵があまり活発で無いのを見越して我が軍左翼に回り込んで揺さぶってきた。イスラム軍の揺さぶりに対抗してこちらも追随すれば左右で膠着状態が生まれるがやや右翼の食い込み度から見てフランク王国側の方が有利っぽかった。
しかしそんなに簡単にことが進まないのがいつもの流れ。
そんなばかな!全部活性化に失敗するとは!
そんなばかな!全部活性化にまた失敗だ!
と我がフランク王国軍はイスラム勢力の迂回攻撃にほとんど棒立ち。
次々に撃破されるフランク王国の面々

最終的に時間が来たのでお開き。
我が軍はカール・マルテルまで投入して右翼に重点を置いて攻撃したが、右翼を破りきれず逆に左翼が危機的!
多分この戦いはフランク王国の敗北となってしまうんだろうなあ。
あと一息で右翼を破ることができたはずだが息切れしてしまった。もしもは許されないが2度の活性化が失敗していなかったなら、いや片方でも成功していたのなら先に敵の宿営地に突入して凱歌をあげ得たのに。
しかし無情にも実態は左翼がボロボロなので戦後は弾劾されてしまうだろう。

と言うわけで今回のゲームは珍しい西洋史二本立てで終えることになった。
この2作目の会戦ゲームは世界史の教科書にも載る戦いがテーマだったので非常に感慨深い。珍しいテーマだったのもあるけどたまにはこういう会戦モノもいいなあ。
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コメント
この記事へのコメントは終了しました。
AMIさんコメントありがとうございます。
感想戦で今回戦略マップだけだったので戦術マップ使ったらどうなるか見てみたいねと話していたので、まだ手放さないと思います。ただ最近ゲームが爆発的に増えつつあるので、手放しの閾値が低くなっているのでずっとというわけには行かないと思いますがw
投稿: ぐちーず | 2013/03/26 22:42
タイコンデロガ、まだ見捨ててなければやってみたいですw
投稿: AMI | 2013/03/26 19:51